まず、けんかと格闘技の違い。
格闘技は、協会があり、しっかりルールを定め、責任者や審判がいるうえで、決められた範囲内で安全に考慮された公式なものです。何か問題があっても、責任者がしっかり社会的責任を取り、説明責任を果たすものです。
一方、けんかとは当事者の自己責任と思いきや、親や警察や公的機関に迷惑をかける恐れのある重大な事例で、悪質な場合は普通に警察の指導の対象になります。決闘などは最悪の場合犯罪となり逮捕されます。なら公式にすればいいのかと思うかもしれませんが、公的に申請すれば100%話し合いを求められるでしょう。
格闘攻撃技には防御技(対処法)が必ずある
格闘技において色々な打撃技が存在しますが、これらには必ず、それを安全に受ける事の出来る防御技(対処法)が存在しており、それも教わっているから、安全にできると判断され、ルールの下に行う事が出来ます。禁止技なども明記されており、安全に配慮されたものです。だから公式に開催する事が出来ます。技を繰り出す度に、「〇〇が決まった!!」など聞かないでしょうか。あれはしっかり認められた技だから技名が存在している証拠です。
本題:「けんかの強さ」の正体
結論を言うと、相手の痛みをいかに考えない事ができるかです。
これをしたら相手は痛いだろうなぁ。苦しむだろうなぁ。という慈愛の感情があればある程、けんかは弱くなります。無意識に拳の重みや速度が落ち、当て所の変わるからです。その為、結局相手にダメージが与えられません。けんかの強い人間は普通の人より、相手を傷つける事に対する、罪悪感を消す事に特化しています。だから痛いし、ピンポイントなのです。よく肩パンとかやってましたが、暴れん坊ほど痛いです。それは力が強いのではなく、意識をより消せるからです。実際筋肉量程度で力の威力にそこまで差は有りません。体感や反動の付け方での違いの方がよっぽど威力に差が出来ます。それにそういう体の使い方を知っている有級者がその体術で一般人を攻撃したら法に触れる場合すらあります。
優しさや慈愛は知的生命の人間の証
これは絶対に失ってはいけない人間の誇りです。格闘技とは似て非なる暴挙であるけんかを、強いと自称している子がいたら、優しい目で見てあげましょう。もしあなたがけんかに弱いのであれば、それはあなたが人間だからです。誇る事のできる点であり、無くしてはいけないステータスです。持つべきなのは暴力ではなく強い意志です。「やめてください」これが最も有効で人間だけが出来る意思表示です。難しい一言であるのも十分承知ですが、この一言が未来を大きく変えてくれます。
余談。
もし私がジャングルに迷い込み、空腹で思考や意識が極限になったとして、「かわいそう」とか「慈愛」の感情が一切消えたのなら、多分イノシシとか容赦ないと思います。今現在満たされている私がイノシシに出会ったら驚いて逃げるでしょうし、いじめたりする事は無いと思いますが、極限状態なら多分食べる事しか考えず、獣の様に襲い掛かるでしょう。これが人間の理性を失った広い意味でのけんかです。
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